健康保険適用対象の拡大議論について †
元厚生労働省療養指導専門官 上田孝之
会計検査院の是正要求や医療保険審議会部会意見書等により柔 道整復の保険適用を明確にすることが求められたのを受け、平成9年の保険局医療課長通知“算定基準の留意事項”に記載された 取り扱い、つまり保険の支給対象は…
- 急性又は亜急性の外傷性の骨折、脱臼、打撲及び捻挫であり、内科的原因による疾患は含まれない。
- 筋、腱の断裂は打撲の料金で算定して差し支えない。
- 単なる肩こり、筋肉疲労は支給対象外である。
- 単にマッサージのみの治療は支給対象外である。
…とされている。
ここで保険対象外とされた負傷や疾患に対し施術を行ってはならないかというと、施術を禁止しているわけではない。これらはあくまでも健康保険の療養費の支給対象となるかどうかの判断基準として決められたものである。この留意事項に該当しない施術は当然保険給付はされないが、患者に対し自費扱いとして施術料を徴求することはできる。医療課長通知には別添として施術録の様式例が添付されている。その施術録の記載・整備事項の2において「施術録は、療養費請求の根拠となるものなので、正確に記入し、保険以外の施術録とは区別して整理し」と明記されており、保険対象と保険対象外との混在をそもそも容認している。柔整には医科でいうところの“混合診療禁止”(一連の治療行為のなかで保険取扱いと保険外の自由診療を混在することを認めない)は当てはまらない。療養費の支給申請書にも、また参考例の施術録にも「負傷名」とあり、傷病名とか疾患名となっていないことからも、現行保険対象は外傷性の負傷=ケガを想定している。
最近増えてきた相談に「外傷性以外の疾患や慢性的な経過をたどる傷病に対する施術費用についても保険取扱いにならないか?」というのがある。日々の治療活動のなかで外傷性以外の患者が増えてきたということである。患者の負担を考えると保険扱いにしてあげたいということであるが、現行では困難である。
今の保険取扱いが外傷性に限定されているからこそ、それを埋由に受領委任払いや医師の同意書不要についての説明ができるのである。
健康保険通用対象を拡大していくことの意義や必要性は十分理解できるが、それを企画していく場合は、次の3点、
- 内科的疾患や慢性なものにつき、決して慰安や疲労回復ではないレベルで、柔道整復師が治せるのか
- どうして受領重任払いをしなければならないか
- なぜ医師の同意が不要なのか
についての議論が再燃することは必至となろう。
保険の取り扱い範囲を広げていくことは、業種拡大を夢見ることができる反面、既得権存続の危機を招くことも考えられるため、“諸刃の剣”なのである。

■上田孝之氏略歴
1958年8月 北海道函館市生まれ
1984年3月 日本柔道整復専門学校卒業、同年柔道整復師登録、社会保険庁運営部企画課計画班主査、社会保険庁運営部企画・年金管理課運営企画室主査、厚生省保険局医療課療養指導専門官、厚生労働省保険局医療課療養指導専門官、厚生労働省東海北陸厚生局健康福祉部社会保険課長補佐、同局上席社会保険監査指導官等を経て、2006年厚生労働省を退官。
上記文章は、日本鍼灸マッサージ新聞発行「鍼灸マッサージ新聞 平成18年10月20日号 柔整版」に掲載されておりますが、上田孝之氏ご本人よりSQSにも寄稿されたものです。
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